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知人の外国人からそう聞かれて「それが日本の文化だから」と答えたことがあるのは、私だけではないはず(と思いたい)。
でも“お花見”は本当に“日本の文化”なのか?
そもそも“お花見”はいつごろからおこなわれてきたのか??
そのまえに、まず“サクラ”の語源について調べてみた。
もともと“サクラ”とは、稲や穀物の霊をあらわす“五月・早乙女・早苗”などの頭文字《サ》と、神座を意味する“坐《クラ》”が語源*であり、古くは農民たちが田植え前に豊作を願う“神聖な木”だったといわれている。
この神聖な木(=サクラ)に農民たちが豊作を願う儀式がお花見のルーツ… という説もあるにはあるのだが、どうも現在のそれとは少し違うように思われる。
では、現在のような“桜のお花見”を日本ではじめておこなったのは誰なのか。
もっとも有力とされている説は、
“812年に嵯峨天皇が神泉苑で催した花宴*2”がお花見のルーツ
というもので、この花宴を皮切りに、平安時代の貴族の間でお花見が盛んにおこなわれるようになった。
ちなみに、今に伝わる京都御所・紫宸殿(ししんでん)*3の『右近の橘、左近の桜』は、もとは『左近の梅』で、嵯峨天皇の第2皇子・仁明天皇のときに、それまでそこにあった“梅”が“桜”に植え替えられたそうだ。
平安〜安土桃山時代にかけては、お花見に関するたくさんのエピソードが現在に伝えられているが、なかでも代表的なものといえば、豊臣秀吉がおこなった『吉野の花見』『醍醐(だいご)の花見』だろう。
1594年に秀吉によって催された『吉野の花見』には約3,000人が参加。徳川家康や前田利家など蒼々たるメンバーが、南蛮(ポルトガル風の)服で仮装行列をするなど、豪勢な花見だったと伝えられている。
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桜の木の下でパーティ。
使用カメラ:FinePix F700 撮影条件:AUTO標準 ISO160 F5.6 1/320秒 撮影地:神奈川県川崎市高津区(2004年4月)
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桜をバックに記念写真。
使用カメラ:FinePix F700 撮影条件:風景モード ISO200 F8.0 1/170秒 撮影地:神奈川県川崎市・生田緑地(2004年4月)
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ここでも桜の木の下でパーティ。
使用カメラ:FinePix F402 撮影条件:AUTO標準 ISO200 F8.0 1/210秒 マクロON 撮影地:東京都世田谷区・多摩川土手(2004年4月)
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