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「ルネサンス様式の教会前を
自転車タクシーが往き交う」

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「謎の甘味売り。体に良いやら悪いやら」

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「中央郵便局にて」
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お元気ですか。日本の気候はいかがですか。こちら、ホーチミン市は午前中から摂氏40度です。
今日は朝から建築めぐりで過ごしています。この街の過日の姿を知るひとが、「バンコクなど比較にならないほど洗練された街だった」と嘆息するのを耳にしたからです。その昔、とはもちろん現在の体制以前のことで、この街もサイゴンと呼ばれていました。
おおかたの日本人にとって、サイゴンに重なるイメージはやはり星条旗でしょう。しかしこの街の街づくりが計画された当初の姿を知るには、仏領インドシナの初期まで遡らなければなりません。19世紀後半のことです。いえ、あなたが世界史が苦手だということは承知していますが、べつに難しい話じゃありません。ようするに、百年以上前から半世紀ほどの間、フランス人たちがこの土地を治めていて、大陸の西の果ての故郷に似た街を造ったということです。
この街を歩いていると、ときどき自分がどこにいるのかわからなくなる瞬間があります。デジャ・ヴではありません。錯乱するのです。たとえば、街の中心に位置する聖母マリア教会、その広場の周辺を歩いてみます。かくべつ建物など凝視しなくとも、教会の壁面のオレンジ色や薔薇窓の白い縁どりが視界を覆い、思考のほころびに入り込んでくるのは、あの懐かしいイタリアの片田舎の風景だとしましょう。そうしてこちらが陶然となった瞬間、アオザイをまとった女学生の自転車が集団で網膜になだれ込んでくるとしたら……!。
実際、教会正面の道端には怪しい原色の水菓子を売るオバチャンの屋台がぱっくりと口を開いて待ち構えています。観光客目当てに子供をだしにして物乞いをする母親もいます。彼らに容赦はありません。眩暈を感じて、つい足を向けた中央郵便局は、まるでプラハあたりの鉄道駅のようです。内部は……ガラス張りのドーム天井に人々のささやきが吸い込まれる西欧建築の空間そのもの、しかし柔らかな採光に照らされているのは、かの国の聖人ならぬホー・チ・ミンの巨大な肖像なのです。
固い椅子にへなへなと崩れ落ち、ようやく気を取り直してこの手紙を書いている私は、やはり熱帯の病気を患ったのでしょうか。建物の外は、摂氏40度の街です。
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continued.
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